卒業するという人生の節目を久しぶりに迎えようとしている。
2月は大学院で所属している専攻の祝賀会があった。祝賀会では毎年、卒業生からひとことずつ述べるのが恒例で、今回もそういう時間があるのだろうと思っていた。とくに深くは考えていなかったけれど、その日は朝からちょっとそわそわして、大学へ向かいながらどんなことを話そうかなとなんとなく考えていた。
だけど、その時はあっさりしたものだった。各研究室の代表者が一人ずつ前によばれて、卒業生の人数分の花をもらって、簡単にひとことずつ述べておわり。昔は1時間くらいかけてスピーチリレーをして、涙を浮かべる先輩もいるくらいだったのに、こんなにもあっさりと簡路化されてしまった。なんだが年々、そうした重たい場が少なくなっているような気がする。重たい場というのは、粛々とした雰囲気で、大勢がじっと誰かの語りに耳を澄ますような時間のことだ。
せっかく私のなかに浮かんできた言葉たち。本当はあの時あの場にいた先生方や後輩たちに伝えたかった。それをここに残しておきたいと思う。
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やっとこっち側に立てたなあと思います。ふりかえれば12年間、○○大にお世話になりました。その間、講堂や図書館は改装され、新しい建物も増えました。私が入学したての時はまだガラケーで、パソコンをまともに使いこなせなかったし、大学院というものも知りませんでした。そんな自分がまさかこんなに長く、しかも博士課程まで進むなんて思いもしなかったです。
ここまで来ることができたのは、人との出会い、つながりのおかげです。△△先生に出会ったことをきっかけに、議論したり物事を深く考えたりすることのおもしろさを知り、農村計画学に出会いました。□□先生からは、学部のときから惜しみないサポートをいただきました。□□先生が指導教員じゃなければとっくにやめていたと思います。何度も弱音を吐いたし、迷惑や面倒をたくさんかけました。でも、その度に前向きな声をかけてくださり、救われました。
時には、研完室に行きたくない時期もあったのですが、□□先生を嫌いになったことは一度もなかったです。□□研究室の先輩や後輩にもたくさんお世話になりました。とくにコロナ以降は、コミュニケーションもとりやすくなり、仲間として楽しく頑張ってやってこれたなという気がしています。調査地の方々にも本当に恵まれました。こうしたいろんな人とのつながりがなければ、私はここにいられなかったと思います。
研究は楽しくもあり、しんどくもありました。やればやるほど無知を思いしらされるし、無力にも思えてくるし、自分の情けない部分とたくさん向き合わなければならないし・・・そうしていると、どんどん自信がなくなってきて、言い切ることができなくなっていきます。それでもどうにかやってこれたのは、研究の道に何か心惹かれるものがあったからだと思います。もっと知りたい、やっぱおもしろい、と感じた原点があったからだと思います。そういう原点をこれからも大事にしていきたいですし、後輩のみなさんにも大事にしてほしいです。
それと、研究の価値を決めるのは自分ではないということも学びました。いい研究がしたいと思ったけれど、いいもわるいも、何に価値があるかもわからない。だから、とにかく世に出すことが大事なのだと思います。まあ、まだ私はその点を全然克服できてないのですが。あまりぐるぐる考えすぎず勢いで出しちゃった方がいい。私も最初に書いた論文が一番気楽に書けたので。自分の論文が気にくわなければ、あとから批判して、新たな論を提示すればよいと先輩から言われて、そうだなと思いました。だから、とにかく世に出す勇気をもちたいと思います。
博士課程を修了する直前になってもまだまだ未熟で、この12年間の営みは蓄積されているのだろうかと不安になりますが、パソコンすらまともに扱えなかった自分がここまでいろんな経験をして、他者に自らの考えを伝えられるまでになったことは、成長と呼んでいいと思います。
これからは、○○大で学ばせていただいたこと、自分のやってきたことに少しでも自信を持てるように過ごしていきたいと思います。
本当に12年間ありがとうございました。
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大学1年生の頃、前期を終えて、テストの答案もレポートの添削も返ってこない事実に直面し、戸惑い、自分がいかに答えありきの勉強ばかりしてきたか(させられてきたか)に気づき、私は絶望した。
そこから、ちゃんと自分の頭で考えて自分の言葉で意見を言える人になりたいと思った。(もっと小さい頃からトレーニングできてたらと悔やんだけど)
ちゃんと考えること。
大学生活でやってきたことを簡潔に言ってしまえばこれに尽きるように思う。
「Doctor of Philosophy」とは、単なる博士号という意味にとどまらない。その本質は、知を愛し探究し続けることにあると思う。これが今後の人生において羅針盤になるか十字架になるかはわからないけれど、そのすべてを携えて次に進もうと思う。
それが今の私にとっての卒業の意味である。





























































